猿楽町通信
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
さて、穏やかな年明けではありましたが、今年の経済のデフレ化と政治の迷走はどうなるのでしょうか。
元日のNHKニュースは、原宿ラフォーレに並ぶ若者の列とお台場ヴィーナスフォートのアウトレットの盛況を伝えていました。
どちらも、不況とデフレに掛けて、安いモノに飛びつく消費者という文脈を考えていたようですが、そんな単純なことなのでしょうか?
私が百貨店にいた頃は、福袋というのは、決して必需で売れるものではない。むしろゲーム感覚で買われるもので、その傾向によって消費傾向の先行きを占うものでした。
だから、「福袋の活況=デフレ」とは言えないのです。本当に不況なら、福袋のような不要不急のモノこそ売れないはずであり、消費者にまだ欲求不満が残っている証拠でしょう。
福袋は縁起物であり、これから考えれば、むしろ明るい展望につなげて読んで欲しいものです。
さて、文藝春秋の新年特別号には、「ユニクロ型デフレで日本は沈む」という対談が掲載されていました。エコノミストの浜矩子と経済ジャーナリストの荻原博子であります。
たしかに、デフレのスパイラルが、経済の健全な競争を阻害することも実だし、このデフレは今に始まったものではなく、ここ10年間進行していたことも事実でしょう。すなわち、小泉改革がその源になったということなのです。規制緩和により、地方に大型ショッピングモールが乱立することになり、市街地の店舗を駆逐し、仕舞いには自らも、過当競争と過度な値下げ競争で疲弊していく。
だから、この競争は、最後に勝者が居ない不毛な競争になりかねなかったのです。
いざなぎ越え景気などといわれても、それは、一部の金融マーケットが宴を繰り広げた景気であり、誰も豊かさを実感できない好況だったし、それが、リーマンショックや、ドバイショックで弾けても、誰も不思議に思わなかったのでしょう。
その反動で、というか反抗でユニクロの様な廉価の商品しか売れない状況をみて、「ユニクロ型デフレ」と称するのは、いささか気の毒な気がします。
なぜならば、ユニクロは、デフレの中で苦し紛れに値段を下げているのではなくて、やるべきコトをした結果、あの価格で、あの品質、あの感性の商品を作り出すことが出来ているのです。
だから、むしろ流行の先端商品として選ばれているわけで、たまたま安さが伴っているから、爆発的に売れることになるのです。
その意味では、「ファッションセンターしまむら」などの商品政策とは、似て非なるものではないでしょうか。
それよりも怪しからんのは、そのユニクロの表層的な活況現象だけを見て、価格競争の泥沼に乱入してくる量販店や、ただテナントとして導入を考えている百貨店などの、なんら「志」を持たない流通業の存在なのです。
つまり、低価格・高品質のユニクロに追従するのではなく、もっと高付加価値の商品政策とサービス政策を以って、新たな市場開発に挑戦すべきなのです。それは原点回帰にも見えますが、決して古き良き時代に帰るだけではありません。
同じ所をグルグルと巡っているように見えても、実は成熟度の位相を次第に上げているスパイラル運動でなければいけません。
それは、中国では作り出せない付加価値であり、市場は中国でも、生産は日本で行ける数少ない知恵なのではないでしょうか?
こういう点を指摘しきれないこの対談、いささか尻切れトンボの観をぬぐえませんでした。
日本国民が成熟しているのか?いないのか?分からないのは、状況に極端に反応するところではないでしょうか。
多分答えは、「成熟していない」なのです。むしろ近年、愚民化が進んでいるような気さえします。
その愚民化を進めているのが、教育の退廃と、マスコミの退廃であることもハッキリしています。
今回の総選挙で、民主党が必要以上に大勝をできたのも、この未成熟さのなせる業でしょう。この現象を見ると、平成17年の郵政選挙の時の小泉旋風を思い出します。あの時の郵政民営化がどれほどの意味を持っているかも知らない無関心層、無党派層が、劇場政治の小泉の登場に、なにか「空気」が変わることへの期待を込めたのでしょう。
日本人は、どうも「空気」が好きらしいのです。
山本七平が書いた「『空気』の研究」(昭和52年・文春文庫)という本があります。この中で、それが政治であれ、経営であれ、社会全般で、場を支配する空気が何者にも優先し、それを以って判断基準にするのが日本人だと書いています。
だから、政策の善し悪しではなくて、現代の閉塞感を打破してくれそうなモノであればなんでも良い、という空気が日本中を支配してしまったのではないでしょうか。しかも、その空気を無視しようものなら、「KY」とバカにまでされるのですから、たちが悪い。
今回の総選挙は、マニフェスト選挙とも政権交代選挙とも言われたようですが、これはマスコミが騒いでいる惹句でしかありません。
それに煽られた「空気」が勝敗を決めただけでしょう。
ハッキリ言いましょう。
民主党のマニフェストの政策に、経済効果も景気高揚に繋がるものは只のひとつも無かったということです。子ども手当も、高速道路無料化なども、ポピュリズムの稚拙な政策でしかないと前にも書いたとおりです。
むしろ、為替介入などのダイナミックな経済・財政政策や、骨太な産業支援政策、市場創造政策、バランスの取れた外交政策などが必要なのです。
いまこそ常識と冷静さを持った識者の声に耳を傾けなければいけない時に、いまだに次期参議院選挙と、それまでの場当たり的な連立内のバランスにのみ気を取られているようでは、この不況から脱する知恵の発見は覚束ないでしょう。
一番の難関は予算編成でしょう。
パフォーマンスで終わった事業仕分け作業では、本来予算削減すべき重要な要素はほとんど隠れてしまい、まことに不十分な結果で終わってしまった。すなわち、本来メスを入れるべきいわゆるAクラスの公共事業や財団の実態が俎上に上がらなかったということです。
また、目先の「効率」にばかり目を奪われて、将来的「効果」が論じられることがなかったのが問題ではないでしょうか。
それにより、税収が38兆円にまで落ち込む中、赤字国債発行額44兆円という矛盾を妊んだ予算編成が問題なのです。
ロイターの記事では、
政府は25日夕の臨時閣議で鳩山政権初となる2010年度当初予算の政府案を決定した。「子ども手当」などマニフェストに掲げた主要政策の実現や雇用・地方支援など景気対策、社会保障費の増加などに伴い、一般会計総額は92兆2992億円と当初ベースで過去最大となった。
これを賄う歳入は景気低迷などを背景に税収が2009年度当初比で8兆7070億円減の37兆3960億円に落ち込む。特別会計への切り込みなどで税外収入は過去最大の10兆6002億円を確保したが、新規国債発行額は当初ベースで過去最大の44兆3030億円に膨らんだ。この結果、戦後初めて当初予算段階から国債発行額が税収見通しを上回る。公債依存度は48.0%に上昇、国の基礎的財政収支(プライマリーバランス)も23.7兆円の赤字といずれも過去最悪となり、財政状況は一段と深刻さを増す。
と、報じています。
ほんとに、拙速だという誹りを逃れられない予算でもあります。まだまだ一波乱ありそうな通常国会です。
それにしても、鳩山首相の歯切れが悪すぎます。迷走が目立ちすぎます。
「党高政低」である民主党の実態は知られているところですが、小泉に倣うならば、強いリーダーの役割こそが期待されているのであり、小沢一郎の傀儡でしかない首相という役割を見せてしまっては、プロデューサー・小沢の失敗だということでしょう。
英国のファイナンシャルタイムズ(12月22日付)は、「血流が停止した亡霊」と題し、政策発言が15分しかもたない「15分男」と揶揄されているエピソードを紹介しています。また世論調査で71パーセントの国民が「政権を実質支配しているのが小沢である」と認識し、首相が実権を握っていると解答したのはわずか11パーセントに過ぎないということにも言及し、小沢の傀儡であることを前提に「首相の問題であるというより、民主党の問題である」ことを述べているのです。
鳩山政権の寿命は短いかも知れませんが、今後も小沢支配が続き、その指令で参議院選挙まで三党連立を崩せない限り、誰が次期総理になっても、この「党高政低」構図が変わらないことが問題なのでしょう。
普天間問題の奇異
それにしても、普天間基地移転問題は未だダッチロールが続いています。岡田外相は、核持ち込み問題における日米両国間の密約の存在を洗いましたが、どうも今回の普天間基地問題でも、全く違う両国間の暗黙の了解があるのでは、と指摘する声もあります。
すなわち、辺野古移転は米軍にとって必要不可欠なのか?という根本的な疑問が根源にあるというのです。
アメリカはそもそもハイテク戦争時代対策と経費削減効果という一石二鳥効果を狙っているので、沖縄のみならず、韓国、フィリピンなどに分散配置してきた東アジア一帯の米軍基地をグァムに一極集中管理しようとしていることは十分に考えられます。
また、北朝鮮は別として、最大の脅威だった中国との関係も変わりつつあります。つまり、アメリカに取っても日本にとっても、脅威ではなくなってきている。ということは、沖縄にあれだけの基地を置き続けるメリットは無いのではないか、という指摘です。
だが、そのとおりグァムへの完全移転を宣言できないで、新に巨額投資をして辺野古移転に拘る理由は別の所にあるのではないか?という読みなのです。
いくら中国が世界第二の経済大国になったからといって、あの国の抱える否・民主主義的体質、中華思想は全く変わらないはずだ。
すべて未知数なのであります。
未だ世界の中枢はアメリカであることを考えた時に、民主党の極端な中国シフトは、かならずしも日本に国益をもたらさないのです。
民間企業が中国にシフトをするのは勝手だし、そこには大きな市場があるので、大いに挑戦をすべきですが、国家は絶えず中立的な矜持を持って「知恵」と「志」ある外交を目指さなければならないのではないでしょうか。
兎も角、鳩山首相が、短いチャンスの中で絶対的なリーダーシップを獲得するためには、小沢一郎の呪縛から離れ、また社民党などの連立に束縛されない、少しでも実行力と存在感のある政治を目指すしか手はないのです。
私たちの経営でも、本年は決して追い風の年ではないでしょうが、それだけに逆風に向かえるヨットの操縦技術のような「知恵」と「経営力」が求められることも確かでしょう。